『はじめアルゴリズム』

『はじめアルゴリズム』

青春数学マンガ

『はじめアルゴリズム』

「数学なんて社会に出たとき役に立たないじゃん」― 誰もが一度は思ったり、聞いたりしたことのあるセリフではないでしょうか。結論から言えば数学は役に立ちます。数学がわかれば世界の見え方が違います。そんな風に数学の見え方が変わるのが、これから紹介する『はじめアルゴリズム』です。数学の面白さは計算とは別のところにあることが、この漫画を読めばわかります。とにかく人間模様を追うだけでも絶対面白いので、紹介記事だけでもご一読ください。

 

主人公とその師匠

主人公は数学の天才少年・関口ハジメ

  • 既存の数学の枠に捉われない柔軟な発想を持つ。一方で基礎的な計算能力は手嶋に比べかなり劣っており、一度目の数検一級受験で不合格の原因となった。
  • 内田と出会い、数学の勉強をするために親元を離れ京都に住む。
  • 内田が廃校の壁に書いた途中の計算式を完成させていたことが出会いのきっかけ。

高名な数学者・内田豊

  • はじめと同じ島の出身で、講演をしに故郷にいったときに特異な才能を持つはじめに出会い、両親を説得の上京都にある自分の家に連れて行く。

ライバルの存在

手嶋ナナオ

  • 鴨川デルタの上で数式を書いていたハジメと知り合う。
  • ハジメは自分の解き方が間違っていることを指摘され、テシマが今度受けるという数検1級を自分も受けると言い出す。
  • 内田のかつての友人手嶋の孫。祖父からは英語論文を読み下せるよう英語の教育などを含む数学者としての英才教育を受けている。
  • 内田を尊敬しており、俺が習いたいぐらいだと語る。
  • ハジメと話すなかで自分はもっと世界を広く見た方がいいと感じ、迷っていたイギリス留学を決める。
  • 留学したイギリスでは東洋系ということで因縁を付けられることもあり、特技の少林寺拳法で応戦しようとするが、イギリスでの友人アルのおかげで一触即発を免れる。

今後はテジマのイギリスでの話にも注目したいですね。

魅力的なヒロインたち

作品は小学生であるハジメが日常生活のなかで数学的問いを発見して、それを解いていくというのが主な流れです。となればその友人やヒロインは当然、魅力的でなければなりません。ここではこの漫画で活躍する魅力的な女性キャラクターを3人紹介します。

ヒナちゃん

  • ハジメの幼なじみで、ハジメより4つ年上。
  • アイドルになる夢をあきらめていたところ、ハジメと内田の姿を見てやる気を取り戻す。
  • 京都ご当地アイドルHAK794のメンバー。彼女は何度も落ちているそうだが、794人集まらないので13度目の応募でメンバーになることができたという。
  • 現在は京都で女子高生とアイドルの二足のわらじ。

剛田ハチ

  • ハジメやヒナからははっちゃんと呼ばれる。ハジメの1学年上で現在は中1。
  • ハジメと同じく数検1級合格者。
  • 数検の試験でコンパスを忘れるが、ハジメに借りて無事合格することができた。
  • ハジメに好意を持っている様子。ハジメも三津也に好きな女と言われ、彼女を思い浮かべるなど意識はしている様子。

下記のように、数学が好き過ぎて悪意なく人を傷つけてしまうことも。

  • HAK794が京都府で794人ということはクラスで3人くらいしかなれないと言ってヒナを落ち込ませる。
  • 若草物語が好きで女の子が4人欲しいというよっちゃんに対して、子ども4人生んで全員が女である確率は5.1%と言ってやはり落ち込ませる。
  • 数検一級合格者ということで周りの同級生からは壁を作られている。

よっちゃん

  • 内田家のお手伝い。
  • 24歳。大人の色気のあるお姉さん。
  • 恋愛がうまくいかないことが悩み。いい感じで言ってたと思ったら、急に向こうが別れを切り出すのだという。
  • 大文字焼きを一緒に見る約束をしていた恋人に当日振られ、ハジメに慰められる。その際来年2人で見ることを約束。
  • ヒロインや男友達と過ごす日常はどこかノスタルジックな思いにさせてくれ、この漫画を「青春」数学漫画とした所以である。

独特な数学描写

魅力的なキャラクターが多く登場しますが、やはりこの漫画の真骨頂は「数学」の描写にあります。内田によると、数学において大切なのは「計算能力」ではなく、「情緒」だといいます。本作では、数学的な問題が日常のなかに多く転がっていることが描かれます。

下のシーンでは数学少女ハチが写真写りが悪いというヒナの相談に乗っています。

ハチはここで黄金比や白銀比といった、ものが美しく見える長さの組み合わせを説明しています。

下のシーンはハジメが内田と出会う前。ほぼ独学で作っていた式です。内田はその発想に驚かされますが、どうやら数学として十分な式にはなっていないようです。

ハジメはここで雲の動きや木の枝ぶり、水の波紋などのひとつひとつを表した独自の記号を用いて行おうと試みています。なんだか数学のイメージが変わってきませんか?読めばきっと数学が少し好きになる。そんな漫画だと思います。

挫折とその克服の物語――現状に思い悩む人たちへ

ハジメとテジマ、ハチ、ヒナなど将来ある若者たちが登場する一方で、挫折やそれに伴う喪失感と戦う者たちもいます。明るいだけではないのも、この漫画の魅力です。

大貫

  • かつて内田の営んでいた数学塾に出入りし、数学の研究のためにいい大学にも入る。
  • しかし壁にぶつかり伸び悩み、数学を辞めるとともに5年間ひきこもる。
  • 鴨川デルタでハジメとテジマの書いた数式に出会い、再び数学に触れてみようと内田の家に出入りするようになる。
  • 自室の壁には多くの賞状が飾られており、将来を嘱望される数学者であったことが窺える。

三津也

  • 内田の実の息子。
  • 内田に数学の指導を受けていたが、挫折し数学と父親の元から逃げ出す。
  • 内田に金を無心に来る。
  • よっちゃんとも顔見知りで「三津也くん」と呼ばれていることを考えると、24歳は超えていない?

過去の経緯から内田のことを憎んでいます。憎悪の理由は自分のことだけではなく、母親であるユリのことも関係しているようです。数学の知識を生かし金融関係の仕事をしていましたが、数学の知識を使う度に内田の顔がちらつくため辞めてしまいました。テレビに出ている内田とハジメを見て、突然眩暈が起こって嘔吐してしまうほどにその精神的トラウマは深刻です。

自分のやってきたことは数学ではなく、親父の期待に応えることで、本当は自分が何がやりたいのかわからくなってしまったと語ります。また「数学なんて所詮はパズル。何の役にも立たない」とも言います。

内田の苦悩

内田は数学者として伸び悩んでいたころ、数学者にしては珍しく対人能力の高い友人・手嶋の組んでメディアに出始めます。内田は一般向けに出した本が当たったこともあって、手嶋の対人の才と内田の数学の才を以て、内田は一躍天才数学者としてテレビスターとなります。人脈、地位、名誉、名声を得はしたものの、「私は数学を失っていた」という内田は、ある日車中で身を引くことを手嶋に告げます。激高した手嶋と取っ組み合いになった挙句、車は樹木に衝突します。手嶋も死ぬことはなかったようですが、内田はその後謝罪もせず、手嶋の前から去りました。

手嶋がここまで激怒した理由は作中では明らかになっていませんが、彼もまた自分のことを数学に負けたと言っており、内田が降りると言ったとき自分の生き方を否定されたような気になったのかもしれません。その後テレビには出演しなくなりますが、数学の研究のほうもうまくいきません。病床に就きながらも音楽を教える妻ユリは、内田に数学教室を開いてみることを勧めます。内田は当初「私は数学をあきらめてはいない」と怒りますが、「あきらめるのと止まるのは違う。私は音楽のために音楽をあきらめたの」と諭され、数学教室を始めたり、三津也を指導しようとします。

しかし数学教室では怒鳴り散らし、三津也には手をあげてしまい、内田は苦悩します。さらには数学教室のほうで内田を慕っていた大貫もスランプに陥ってしまいます。そんなときに内田はハジメに出会ったのです。

数学の発見には精神的な粘りが必要ですが、それは肉体的な衰えと比例して落ちていくと言います。事実50歳を超えて大発見をした数学者というのは、歴史上ほとんどいないそうです。自分の今までの功績に満足していない内田は、ハジメの可能性に期待するとともに嫉妬しています。

ハジメの師匠・内田と兄弟子たちの行く末は非常に気になるところですね。大貫はおそらく数学に本格的に復帰するのではないでしょうか。三津也に関しては数学について父親の期待に応えていただけと語っていますが、その一方でハジメの才能の片鱗を見て嬉しそうな表情も見せています。本当は数学が好きなのか、あるいは数学以外に本当に好きなものを見付けて救われるのか。さらに父親との和解は果たされるのか。彼にも注目です。

一方、内田は今後本人が満足のいく業績を出すことはできないのではないでしょうか。彼が救われるとすれば、ユリや手嶋のように伝えることに生きがいを見出していくほかないように思えます。

まとめ

自分の人生に何の悔いもないという人は決して多くないと思います。そんななか内田が自分の挫折とどのように向き合っていくか、おそらくこの作品の軸の一つとなるのではないでしょうか。