『BANANA FISH』

『BANANA FISH』

NYとアッシュが圧倒的な存在である限り作品は輝き続ける

『BANANA FISH』

地上波のアニメ枠で、「作品力の高いタイトルが放映される」と漫画愛好家からも一目置かれる、フジテレビ系・ノイタミナ(毎週木曜日24:55~)。久々の2クールブチ抜きでオンエアされた「BANANA FISH」が原作漫画の息を吹き返す人気ぶりで、話題になっています。 原作著者・吉田秋生氏の画業40周年記念事業のアニメ化でしたが、放映開始前に単行本4冊1パッケージの復刻版BOX全4巻が順次リリースの展開。1985年から当時の「別冊少女コミック」(小学館刊※現「Betsucomi」)で約9年連載され、完結した同作の単行本がフラワーコミックス版、文庫本版に続きBOX版で世に送り出されました。 新装版のセルは、名作たる証。ミュージシャンの坂本龍一さんやGACKTさんも愛読したという本作を振り返り、なぜ多くの読者に色褪せないと評されるか?考えてみましょう。

 

BANANA FISHIあらすじ

NYのストリートキッズのキングで美貌の主人公・アッシュは、瀕死の男にロケットと「バナナフィッシュ」という謎の言葉、そしてある住所を託される。

一方、訳ありの棒高跳び選手・英二を気遣うカメラマンの伊部は、彼を助手として伴いNYを訪れた。ふたりがストリートキッズの取材で主人公に対面するや、覇権抗争が勃発。英二が巻き込まれてしまう。

キングの座を競う渦中で、マフィアの頭目・ディノがロケットを捜索していると知ったアッシュ。その小瓶に収められていた粉末が、非道を強いてきた天敵を陥れる武器になると直感し、粉状の物質とバナナフィッシュの正体を探る。かたやディノは、主人公の後継を狙うオーサーを利用してロケット奪還を企てた。

策略にハマり冤罪で投獄されたアッシュ。収監先で出会ったのは、廃人同然で戦地から帰還した兄・グリフィンと旧知のマックスだ。彼と話すうちにバナナフィッシュと戦争が兄を狂わせたと確信し、偶然手にした粉末がその陰謀を暴くカギになると気づくのだった。

主人公は獄中から知恵を働かせ、英二の盟友でチャイナ系のボス・ショーターの協力で、解析依頼中の粉を隠そうとする。ところが、グリフィンの命を失うことに。出所後、元ジャーナリストのマックスの助力を得て、ディノの暗躍を匂わせ兄の死を招いた謎の言葉を追うが・・・。

知性と骨太感がクール!NYで生き抜く主人公の戦いと解放の物語

音楽家の坂本龍一さんが本作文庫本版1巻末に寄せた原稿で、マンハッタンの緻密な描写を称えた通り、本作では当時の彼の地がリアルに表現されていることに驚かされます。[*1]摩天楼の輪郭はもはやアイコンですが、仄暗い地下室からアッパー向け高級アパートメントまで。NYの象徴的ひとコマを格差の対比も含め、物語が流れていく中で描かれていました。

ストリートキッズも人種ごとに勢力が割拠。複数の人種を白人が束ねる難しさに触れた場面がありましたが、華僑独特の結束を含むNYに根差した多様な価値観を、ふとしたセリフやリアクションで描写しています。アッシュを慕う少年が、有名観光地にひしめく“お上りさん”を揶揄する場面は現地の住人ならではのつぶやきでしょう。

劣情と愛憎、戦争の傷と麻薬、銃弾・・・複雑な事情と感情が交錯

銃声と流血沙汰が絶えない中で、帰還兵の深層心理に見るベトナム戦争の爪痕もえぐり、ドラッグといった闇に触れる本作。子供が性被害を受け、大人も無理やり組み敷かれるなど性犯罪も横行し、少女漫画の世界としてはハードなテイストです。

主人公と肉体関係を持った相手が禿あがったオヤジだったり、メタボ腹の下衆野郎だったり、ドSな中年の暴力男だったり。[*2]バナナフィッシュの正体が麻薬という展開がもの語る通り、NYとその裏社会を軸にしたからこその、エグさが随所にありました。

戦争で傷ついた人間の絶望感と、人種、ドラッグ、銃社会など。硬派な面とNYダウンタウンの文化や風土を描いたことで、スケール感と入り組んだ世界観が強調され、幅広い読者層を引き込みました。

アッシュ・リンクスという多様で繊細な知性

IQ200とも言われる[*3]アッシュ。彼の並外れた知性を安易な表現に頼らないことで、美麗な天才の作り込みに成功しました。

普通は、満点の答案や順位を示す掲示板などで知力を強調するところ、アッシュは高等数学の数列理論を持ち出し、タキシード姿でロマネ・コンティの69年[*4]ものを言いあて、教養や帝王学の練度もフォロー。バナナフィッシュが新種のドラッグだと突き止めた時も、頭の良さが際立っていましたが、地方紙のコラムを書評する守備範囲の広さには、記事を執筆したマックス本人も唖然としていました。

裏稼業の盲点を突きPCだけでディノを揺さぶる頭脳戦も展開したアッシュ。少ない情報で核心に迫る引き出しの多さを見せ、洞察力・分析力をもって修羅場をかい潜る中、彼が心を許したのが英二です。

情欲や陰謀に無縁な存在が安寧なのか、彼との出会いに光を感じたのか。常に強者のキングが唯一心を開き、哀愁を帯びた表情と言葉を漏らすのでした。この少しの不完全さが知的で美しいカリスマに繊細さを加えて、アッシュというヒーローを完成させたように思います。

クライムアクション&ハードロマンたる心理戦・肉弾戦・頭脳戦

ディノ、チャイナマフィア、軍・政府高官・・・次第に各々の思惑が如実に。亡き兄への手向けと自身の解放のため、陰謀を暴く決意をする主人公でした。交戦に躍起のヒール側は手練れを招き、アッシュを無理矢理身内に引き込む策。手段を選びません。英二が彼の弱点だと着目した華僑勢力の月龍は、人情を悪用した心理戦を仕掛けます。

物語後半は主人公に武芸を仕込んだ最強の暗殺者でガーディアンのブランカと、野心家のフォックス大佐が登場し、肉弾戦も本格化。S&W(スミスアンドウェッソン)357マグナムを渋いカスタマイズで使いこなすなど、マフィア構成員の上を行くアッシュも強敵の介入に本気モードで、高い戦闘技術と作戦立案能力を見せました。

ディノを追い詰めた頭脳戦も、不十分な戦力の肉弾戦でも相手を翻弄しましたが、緊迫の後にくる爽快な高揚感も本作が広く支持を集めるゆえんでしょう。

緊迫感したストーリーの展開と切ない余韻も感じられる情緒性

作り込まれた世界観に超魅惑の主人公。ギクリとするえぐみとリアル。行間を読ませるようにして挿入されたコマに垣間見られる繊細さに、頭脳と武力を交えた多彩なアクションが加わり、静と動で面白さを引き立てます。読み返して、これは伏線だったのかと気づくような表情や視線の細かい描写も多く、息つく間もありません。

一方で、魂の解放と共鳴という精神性が物語に救いと情緒を与えます。幼い頃に性犯罪にあい、不条理な支配に縛られるアッシュの安らぎ。英二に暁を意味する自分の真名とその由来を静かに話す、物憂げで穏やかな主人公の表情は重要なひとコマです。NYの夜明け前のひと時の横顔。最終話ラスト、英二の言葉を通して自分の“生”と解放を実感し、瞳を閉じるアッシュ。美しく、切なく、情緒的な場面が脳裏に焼き付きます。

ハードでアングラな世界観が闇なら、胸を締め付ける余韻は光。いつまでもドラマ性が失われぬ、NYとアッシュというゆるぎない象徴が中心にあるからこそ。その世界が色褪せることがないのでしょう。

[*1]BANABA FISH 1巻(小学館文庫)巻末
[*2]本編で行為自体の描写はなかったものの、関係があったとされる相手も含む
[*3]当初は作中でIQ180以上として通っていたが、ストーリーが進んで主人公が捕らわれた施設で測定したところIQ210以上の数値が出た
[*4]1969年は優良年とされ、連載当時高値がついていた(現在もビンテージ扱い)