後を引く読後感が独特な『神童』の魅力とは

後を引く読後感が独特な『神童』の魅力とは

漫画愛好家の支持高し!

後を引く読後感が独特な『神童』の魅力とは

『のだめカンタービレ』(二ノ宮和子著/講談社・KC KISS)の大ヒットから『四月は君の嘘』(新川直司著/講談社・講談社コミックス月刊マガジン)、『ピアノの森』(一色まこと著/講談社・アッパーズKC)など、クラシックが題材の作品がアニメ化され、古典派音楽のファン拡大に貢献しています。 中でも書店員や漫画愛好家から支持される代表格が『神童』(さそうあきら著/双葉社・アクションコミックス)。連載完結翌年の1999年に手塚治虫文化賞でマンガ優秀賞に輝き、2007年に映画化を果たしました。 『神童』は音楽をテーマしたほかの漫画と同様、とある天才をとりまく人間ドラマが描かれていますが、特に内容重視派に評価されています。その魅力とは何でしょうか。

 

『神童』のあらすじ

偶然、水辺で出会った成瀬うたと菊名和音。野球少女と浪人生…接点がないようで、ピアノ中心の生活と絶対音感という共通項があった。

野球に精を出す小5のうたは、何を隠そうマエストロの亡父から音楽の才を受け継ぐ逸材。卓越した演奏を知らしめんとする母から、「指を痛める」と球技を禁じられているのが悩みだ。

二浪の選択肢はなく背水の陣で音大受験に挑む和音。同門の八王子とこずえに水をあけられ、自分の能力に限界を感じて神童を地で行くうたに教えを乞う。天才少女との交流は彼とその周囲に変化を及ぼし、晴れて音大生になった和音。新しい指導者や仲間を得て“耳のよさ”を生かして可能性を育てる。

その一方で父の没後、後ろ盾を失ったほころびがうたに影を落とす。子供時代の思い出づくりと、父の形見だったグランドピアノとの別れを経験した彼女は、本気で音楽に向き合い、コンクールや巨匠の代演を経て成功を収め…。

人工的なクールとは違う成瀬うたのかっこよさ

小学生女子ながら”かっこいい”うたの存在感に釘付けにされます。10年余りしか生きていないはずの彼女が発するセリフや生き様が潔く、妙な説得力と引力がありました。

タフさが際立っても、時に感じさせる色気のような雰囲気と凛とした美しさが印象的。極端に機械的とか無機質だとか安易な設定や手法でクールを表現せず、絶対的な才能を持つ者の達観したかっこよさが魅力です。

小生意気に見えても、母親の目を盗み野球の練習に向かうなど年相応の面も。初恋が実らず、名声を得た途端に難病に翻弄されるなど、才能は完全無欠でも満たされぬ不均衡に惹きつけられます。

表現が難しい“音”を絵柄で描くことにこだわった

作者の画力がヘタウマ系な『神童』。特筆すべきは、登場人物の造詣やデッサンの完成度も、画風の洗練度も高くはないものの、言語情報に頼らず音の表現に成功した点。モノローグやオノマトペ(書き文字で表現された効果音)での補完より、イラストレーションで読者に伝える作家のセンスに感心させられます。

連弾する八王子とこずえの空気感で彼らが男女の仲にあると確信させる場面がありましたが、状況、人物の心情、象徴的な情景などをひとコマに収める独創性が随所に見られました。

もっさり系男子とクールな神童。対称的なふたりをつなぐ“音”

和音という人物の設定が、音大を目指すステレオタイプから外れていました。父親が営む八百屋の上階にある、調律もままならぬ古びたアップライトで限られた時間しか練習ができない境遇は、うたと対称的です。

彼は音楽一家生まれでも才能に自信を持つでもなく、家業を度外視でピアノにこだわるのか?と、いわんばかりの周囲からの視線に萎縮する内気な人物。年齢、性別、出自、演奏の腕前…何もかも異なる彼とうたが唯一、音をとらえる感性においてはつながりを見せ、それが功を奏して和音は奏者としても頭角を現します。

ふたりならではの共感が絶対音感というアイコンとともに描かれました。

絶対音感を持つうたと和音の尊い関係性

実は美少女設定でもそこを強調せず話が進み、恋心も報われぬうた。あくまで音の世界に焦点をあて、何にも染まらず理想の音を追求するからこそ、筋の通った美しさが作品の世界に広がります。

彼女が孤高にならぬよう寄り添うのが同じく絶対音感を持つ和音。魂で惹かれ合い、愛情、尊敬、依存などの感情が入り混じり、唯一無二の存在になるふたり。年齢、性別、出自、音楽のスペック…全て超越し、音の響きで通じ合います。恋や家族愛とも博愛とも異なる、しいて言えば敬愛に近い絆か…。

恋人でも親子でも兄妹でもなく友人とも違う、音楽とその源泉の音への感性で結びつく普遍性と尊さであふれる関係性は、後引く読後感を増幅しました。

『神童』まとめ

奇しくも『神童』が完結した同年に『絶対音感』(最相 葉月、刊・小学館)がベストセラーに。このヒット作により絶対音感という言葉が一般に認知されましたが、本作はそれに先駆けた点でも興味深いものがあります。

切り口や設定に独自性があり5年、10年と経過しても鮮明に思い出される人物やシーンが盛りだくさんの『神童』。物語を構成するエピソードや設定が練りこまれて、音と脳裏に焼き付くひとコマの描写も巧み。この質と心に響く表現力の高さが、読者の記憶で色あせることなく評価され続けるゆえんではないでしょうか。