“異国”ではない『違国日記』

“異国”ではない『違国日記』

人生観が変わる

“異国”ではない『違国日記』

本作は、まったく性質の異なる二人が一緒に暮らしたらどうなるか、という話を描いた居候漫画だ。2005年にデビューしてから、著書がアフタヌーン四季賞や「このマンガがすごい!」を次々と受賞しているヤマシタトモコが得意とする「異色コンビ」作品である。 この作者の魅力は、なんといっても絵のタッチと言葉選び。思春期の揺れ動く脆い感情を、カメラワークのように「ズーム・イン/アウト」を使い分けることで、見事に表現している。そして突然挿しこまれる、ナイフのような切れ味抜群のモノローグ・・・! タイトルに「日記」とあるように、日常を描いている本作。アクションシーンや殺人も起きない。しかし、つまらないと読まずに切り捨てるのはもったいない!そこで「この作品を読んで人生観が変わった」など、数々の読者を惹きこんでやまない『違国日記/ヤマシタトモコ』の魅力について語りたいと思う。

 

両親の死を淡々と受け入れる中学生と、不器用な大人

あらすじを説明すると、こうだ。

小説家の槙生は、苦手だった姉の葬式の日、天涯孤独となった姉の娘を引きとる。自分の母親を憎んでいるはずの槙生と暮らし始めた15歳の朝(アサ)。違う国にいながらに一緒に暮らす他人同士の間にあるのは、「責任感」。しかしその中で、両親を失った朝と社会にはぐれた槙生が、お互いを通じて今まで目を背けてきた「自分自身」「周り」「過去」と向き合い、折り合いをつけて成長していく過程が描かれている。

本作の全体的なテンポは速いといえる。でもそれは場面が目まぐるしく変化するというわけではなく、直接的な絵や言葉で描かれていない余白が多いのだ。

例えば「葬式で槙生が朝を引きとる場面」は見開き2ページで終わる。だが、どうして人見知りのはずの槙生が「思春期真っただ中の難しい年ごろの中学生を引きとろうとしたのか」、朝はどうして「母親のことを憎んでいるはずの槙生と暮らすことを受け入れたのか」。そんな心の変化が見開き2ページから読み取れる。

これがヤマシタトモコの「行間を読ませる」表現の上手さだと思う。

ヤマシタトモコが描く距離感

本作の冒頭は、朝が高校三年生の春。朝を引きとってから約三年が経過している。テキパキと家事をこなす朝と、散らかった部屋で執筆に没頭する槙生。この暮らしが「当たり前」となっていることが分かる。

でも、2人は別々の空気をまとっていて、何年一緒に暮らしていても決して交わらない独立した人間であるということも、短い冒頭のシーンからうかがえる。

本作の重要な要素としては、親子であっても兄弟であっても、他人は他人。干渉しすぎてはいけない。お互いの領域を守ること、つまり「距離感」が大切だという点である。

日常にひそむ「あたりまえ」という呪い

「愛情」と「育てる」ことは違う—。そんな表現が出てくるが、筆者が思うのは、おそらく「愛情」は無責任に自分の感情を押し付けることで、「育てる」ということは「責任をもつ」のと同意義だということ。

槙生は大嫌いだった姉の子どもであるということを抜きにしても、朝を愛せない。しかし、寂しさを受け入れ、責任をもって育てようと決心をする。それは朝を一人の人間として尊重しているからこそなのだ。

子どもをあたかも所有物のように思い込んでいる親がよくいるが、とんでもない。子どもは自分の意志をもつ一人の人間であるから、思い通りに育てようなんて言語道断だし、大人がよく言う「こうするべき」「こうであるべき」だというのは“呪い”のようなもので、捨て去ってしまうべきものだろう。

姉妹の確執、親子の関係

本作の中ではよく、他者とのかかわりの中で悩む姿が描かれている。たとえば槙生は朝の母である姉からかけられていた圧力。朝は親友のせいで学校のみんなから「親が死んだ人」と見られるようになったことに苦しみ、槙生の元カレである笠町くんも親から「完璧」であることを求められていたと話す。それは、上で書いたような距離感を守るということが、どれだけ大変なことかを証明している。

読者の中にも同じように毒親に悩んだり、友人とのトラブルを経験した人も少なくないだろう。周りと折り合いをつけるとは、どういうことか。その答えが本書には描かれていると思う。ぜひ探してみてほしい。

『異国』ではない『違国』とは?

両親が死んだのに悲しくない。ただ、砂漠の真ん中に放り出されたような感じだと表現する朝。そんな状況になればだれでも不安で仕方ないと思う。しかし、槇生と暮らすうちに、「砂漠の真ん中にテントを立てて暮らす人も、きっといる」のだと思うようになる。

朝を引きとると啖呵を切ったとき、遺品の整理をしているとき。そんな時にわざわざ難しい言葉を選び、もって回ったような言い方をする槙生が朝は好きだ。普段は社会からずれた彼女が、電話ではちゃんと敬語を遣い、外出するときはきれいに化粧をする。朝から見て、槙生はまさに「ちがう国の女王」だった。

両親を失い一人で別の国にいるような孤独を感じている朝に、槙生は日記をつけるようにすすめる。まだ大人たちの言葉を理解できない中学生の朝に、「だれがなにを言ったのか」書き留めておくといいと。

「違国日記」はそんな朝の、『違国』との外交記録なのだ。

まとめ

高校に入学し、なんにだってなれるのだと自分の人生を歩み始めた朝だが、自由には責任が伴うということをまだ理解していなかった。

朝は砂漠の真ん中から、もとの国に戻れるのだろうか。槙生と笠町くん、それぞれの国が再び接近することはあるのだろうか。「違国日記」の今後に期待だ。