女たらしの人気アーティストが純真健全なサッカー少年をひたむきに愛する『絶愛』

女たらしの人気アーティストが純真健全なサッカー少年をひたむきに愛する『絶愛』

高純度恋愛漫画

女たらしの人気アーティストが純真健全なサッカー少年をひたむきに愛する『絶愛』

尾崎南著『絶愛』は、少女漫画雑誌「マーガレット」に1980年代後半より掲載されました。『絶愛』は全五巻で、『BRONZE』へと続きます。「マーガレット」の少女向け作品の中で、サッカー少年泉拓人と、彼を一途に追う女たらしの人気アーティスト南條晃司を描く『絶愛』は異彩を放つ存在でした。BL作品の先がけともいえるでしょう。 ※以下、文中の台詞、画像は「絶愛」より引用しています。

 

二人の際立つ存在感

物語の軸となるのは、南條晃司(登場時16歳)と、泉拓人(登場初回で17歳の誕生日を迎える)の二人です。

南條晃司は人気、実力ともにあるアーティストで、物語の中でもたびたびマスコミに追いかけられます。女好きで、年上の有名女優とは長く付き合う仲。物語が進んでいくと明らかになりますが、晃司の実家は武道の家元で、会社経営も行っています。母の違う兄が二人、妹が一人いて、晃司はモデルの母の元から南條家に引きとられ、暫くは武道に熱中したものの、暴走族の特攻隊長になり、音楽の道へと進み、実家を出ています。

一方の泉拓人は真面目で健全なサッカー少年。五歳の頃に父を愛する母が心中のような状態で父をあやめ、その時父を庇った拓人は傷が腰に残ります。拓人の妹の芹香と弟の優吾は、裕福な家庭に引きとられましたが、拓人は二人とともに引きとられることを断り、部活の後にバイトをかけもちし、アパートで一人暮らしをしています。

晃司、拓人のビジュアルはすらりとした体にシャープな輪郭で、晃司は長髪の長身で、武道、音楽の才能に長けた人気アーティスト、拓人は黒髪に日焼けした細身のスポーツマン体型の、健全なサッカー少年。

この二人の個性が作品の中で光ります。

晃司が拓人に恋をした過程

女好きの晃司でしたが、小学五年の時、通りかかった小学校で見かけたサッカー風景で、それまでの晃司の自信を根底から揺るがす存在を目にしました。それが当時サッカーをしていた拓人だったのですが、グラウンドにいた子どもたちが話していた拓人の妹の芹香のことを聞き、晃司は拓人を芹香だと勘違いしたまま六年の月日を過ごしてしまいます。

もう一度会いたいと思っていた晃司は、雨の中倒れていたところを、幸運にもバイト帰りの拓人に拾われ、拓人のアパートに束の間居候することになります。テレビもなく、超有名人の晃司を知らない拓人でしたが、妹の芹香が晃司の大ファンということもあり、拓人は晃司の素性を知るところとなりました。

拓人は父から受け継いだサッカーの才能があり、中学二年生の時に全国優勝を果たしますが、それを無邪気に喜ぶ幼い妹と弟を見て、もし自分が有名になったら、静かに暮らしている妹、弟が過去の事件に絡みマスコミに騒がれるのではないか、と危機感を抱き、試合で本気を出せなくなります。

サッカーのことになると我を忘れるほどに熱中する一方で、大切な妹、弟のために力を抑制する拓人を間近で見る晃司は、それまでの冷めた感情から、次第に拓人のため、時に自制心を失うほどに強く拓人に訴えかけるようになります。

南條晃司の理性を一瞬で飛ばす泉拓人

全国大会のかかった試合の日、拓人は高熱で試合に臨み、たった一人で逆転勝利を収めます。倒れかけた拓人を晃司は抱き止め、病院へ。点滴をし、眠る拓人は傍にいた晃司の手を掴み、「勝っ…た の…か?」と尋ねます。「勝ったよ、 安心しろ」と額を撫でる晃司。拓人は泣きながら「父さ…」と呟きます。口付けようとした晃司は正気に戻り、血が出るほど唇を噛みしめたのでした。

この一巻中盤あたりから、晃司の拓人への想いが確信へと変化していきます。

心を刺す晃司の言葉

芹香との写真をスクープされた晃司は、その騒動をもみ消すため、有名女優とその妹のアイドルとの熱愛をわざとスクープされ、拓人の過去の事件を消し去ろうと画策します。

芹香が晃司を好きだと知っている拓人は心中穏やかではなく、晃司を問い詰めます。その時、拓人が好きだとは言えない晃司は衝動的に拓人を抱き締めた後、好きなのは女優でもアイドルでも芹香でもないと言い、「ないぞーつぶれそーなくらい好きなヒトがいる」とだけ打ち明けます。

拓人が立ち去った後、晃司は一人しゃがみ込み、「あー吐く つぶれる」、「ないぞー…つぶれる」と呟きます。

晃司の止められない想いを間近で見ていた友達の克己は「泉拓人は男だ 幸せになんかなれねえよ」と忠告しますが、晃司は逆上し、「俺が女を好きになればそれは必ず正しい恋で 男だったら過ちだって言うのかよ!?」と、掴みかかるのでした。

以前、付き合っていた女優に久しぶりに会いに行った晃司は、誕生日に何が欲しいかを訊かれ、「真っ赤なFerrari・F40」と答えます。

拓人は晃司とのマスコミ騒動などでアパートを出ることになり、晃司の高級マンションで同居を始めます。マンションに女優の彼女が来ていた際、晃司は外で拓人が待っているのに気付き、フェラーリをプレゼントした女優の彼女に「2億で人の心が買えたらいいですね」と言い、部屋を出て行きます。

時を越えて心に届く作品

漫画の中では、行き場がなく心身ともに弱った拓人を晃司が家に上げ、なかなかバスルームから出て来ない拓人を心配してドアを開け、その翌日学校で晃司が数学の授業中鼻血を出したり、朝に弱い晃司を拓人が起こすという少女漫画ならではの場面も多く見られます。

表面上は仲のいい友達でありながら、拓人を一人想う晃司の妄想描写は幻想的な世界を展開します。伝えない、円滑で心地よい付き合いと、決して外へ出さない想いの対比も切なく、それを見る側はひたむきに隠す晃司の拓人への想いを美しいと思い、また時にそこまで誰かを想うことへの羨望を抱くのではないかと思うのです。

何か心にぐっとくる漫画に出会いたいという時、心が痛くなるほどに好きな人がいた、好きな人がいる、これから誰かを好きになりたい、という時に、時代を越えて、拓人へのひたむきな晃司の想いが読者の心に届く作品だと思います。