犯人は誰だ?父親は冤罪か?『テセウスの船』

犯人は誰だ?父親は冤罪か?『テセウスの船』

殺人犯の家族というレッテル

犯人は誰だ?父親は冤罪か?『テセウスの船』

「モーニング」にて連載中の、東元俊哉先生による「テセウスの船」。1989年に北海道の小さな村で起きた大量殺人事件の犯人の息子が、過去に行って父親の無実を証明し、村民を襲った悲劇を回避しようとするクライムサスペンス漫画。常に張り詰めた空気感で、二転三転していくシリアスなストーリー展開に、タイムスリップ要素を取り入れた本作の魅力をたっぷりとご紹介いたします。

 

あらすじ

「音臼(おとうす)小無差別殺人事件」—。1989年6月24日、北海道の農村部にある音臼小学校で、教員・児童を含む21人が青酸カリで毒殺されるという大量殺人事件が起きる。犯人として逮捕されたのは、村の駐在所で警官をしている佐野文吾という男だった。

佐野には妊娠中の妻と二人の子供がいて、残された家族は世間から殺人犯の家族として迫害され、肩身の狭い思いをしながら、人目をはばかるようにひっそりと生きてきた。

28年後、事件当時母親のお腹の中にいた佐野の息子・田村心(たむら しん)は、大学時代に知り合った女性と結婚し、世間体を考え妻の姓を名乗って東京で暮らしていた。妊娠中だった妻は心のことを気遣い、事件当時のことを独自に調べていたが、娘の出産と引き換えに亡くなってしまう。

妻の死後、彼女が調べていた事件当時のスクラップ記事のノートから、父親の“冤罪の可能性”を見出した心は、父親が逮捕されて以来、加害者家族としての呪縛に苛まれてきたことに終止符を打つべく、真実を求めて北海道の事件現場の小学校を訪れる。小学校はすでに取り壊され更地になっており、慰霊碑だけがそこに悲しく立っていた。

心は次の瞬間、突然不思議な霧に包まれ視界を奪われて気を失ってしまう。徐々に霧が晴れてくると、目の前に取り壊されたはずの小学校が現れた。

こうして1989年の1月にタイムスリップした心は、事件の真相を探るべく奔走していく。

不自然さを感じさせないタイムスリップ

殺人犯の息子として生まれ育った心が過去へタイムスリップし、事件の真相を探っていくという本作。このタイムスリップが唐突、そしてあまりにも強引で、ストーリーの構成上の作者のご都合主義のようにも思えますが、本作を読み進めていくと不思議と気になりません。

その理由として、心がとる行動の一つ一つが利己的なものばかりでなく、一人の人間としての合理性があることです。自分の家族のみならず、周りの人たちにも何とか事件の犠牲者が出ないで済むようにと懸命に奔走する姿が、自分も同じ境遇だったら心と同じ行動をとるだろうなと、感情移入してしまうほど読者の心を打つからです。

メディアスクラムの側面

「メディアスクラム」とは、社会的関心の高い事件などに対する報道機関の取材行動によって引き起こされる被害のことで、事件の被害者や容疑者、その家族などに対して、多くの取材者が押し寄せたり、過剰な取材が繰り返されたりすることによって、プライバシーが侵害され、日常生活が脅かされる報道被害とされています(注:世界的には別の意味の解釈も有り)。

本作でもメディアスクラムを示唆する描写があり、父親の逮捕後の主人公家族の壮絶な苦労が見て取れます。しかし、その苦労が主人公が事件の真相に迫ろうとする原動力となっており、読者の心を揺さぶって作品に深みを与えています。

モチーフは和歌山毒物カレー事件?

「和歌山毒物カレー事件」とは、1998年7月に和歌山県で発生した毒物混入・無差別殺傷事件です。地域の夏祭りでカレーに毒物が混入され、カレーを食べた67人が中毒症状を起こし、そのうち4人が亡くなりました。逮捕・起訴された無職の女は、2009年に最高裁判所にて死刑が確定しましたが、無罪を訴え続けています。

この和歌山毒物カレー事件と、本作の音臼小無差別殺人事件には類似点が多々あります。飲食物に毒物が混入されていたこと、被害者が複数いて無差別に行われた犯行であること、容疑者が逮捕され死刑判決を受けていること、加害者家族にメディアスクラムが発生(自宅の壁への「人殺し」などの大量の誹謗中傷の落書きや、放火による自宅の全焼など)したこと、極めつけは“冤罪の可能性”まで、枚挙にいとまがありません。

作者が和歌山毒物カレー事件に、本作の着想を得たかどうかは定かではありませんが、和歌山毒物カレー事件は、戦後の日本犯罪史に残る有名な事件です。さすがにここまで類似点が多い以上、作者が意識して作品のモチーフに取り入れたと見て間違いないのではないでしょうか。

父の無罪を息子が証明する物語

事件当時、母親のお腹の中にいた心は、父親の顔を見るこのなく28年間生きてきました。自分たち家族を不幸な境遇に陥れた父親を、さぞかし恨んで生きてきたことでしょう。

しかし、過去へ行って事件の真相を探るにつれ、父親の人となりを目の当たりにして、心の父親への印象は徐々に変わっていきます。それは他人同士では通じえない血の繋がった、父と息子の絆があったからに他ならないように思います。

張り詰めた空気感がサスペンスとして心地よく、時空を超えて緊迫したストーリーが進んでいく本作は、1ページ1ページ息を吞みながら楽しめる作品となっています。