『概念ドロボウ』

『概念ドロボウ』

2018/10/2 更新

形のないものを盗まれたらどうなる?

『概念ドロボウ』

1979年公開の劇場アニメ『ルパン三世 カリオストロの城』を知っているだろうか。ソフト化もされているし、度々テレビで放送されることもあって、見たことがある人は多いはず。そのラストシーンで、ヒロインであるクラリスに銭形警部がこう語る。 「いや、やつはとんでもないものを盗んでいきました。あなたの心です」 ルパン三世ほどの大泥棒なら、金品だけでなく形のない心であっても盗むのはたやすいだろう。しかも、あんな可憐な美少女の心であれば、うらやましいことこの上ない。 それはさておき、こうしたキザな表現が堅物な銭形のとっつぁんから出た意外性もあってか、本作における名セリフの1つに挙げられることが多い。漫画『概念ドロボウ』は、形のない“概念”を盗むドロボウと、それを捕まえようとする人達を描いた作品だ。

 

概念って?

手元の辞書(三省堂国語辞典)で“概念”を引くと、「『…とは何か』ということについての受け取り方(をあらわす考え)」とあった。またデジタル大辞泉では、「物事の概括的な意味内容」などと表現していた。どちらも、いま一つ分かりにくい。

本作の1話冒頭では、「愛、友情、魅力、向上心」が、作中では「愛情や道徳心、魅力に劣等感、集中力や自制心」が挙げられている。形のない概念の一例ながら、先に書いた辞書の説明と合わせて、何となくでも意味がつかめるのではないかと思う。

概念を盗まれた人間達

作者である田中一行さんは、ツイッターで「友情、集中力、罪悪感、好奇心、誰もが持っている『概念』がもし盗まれてしまったら人は一体どうなってしまうのか?そういった所を楽しんでいただければ嬉しいです」とツイートしている。

そのつぶやき通りに、「月刊アフタヌーン」2018年8月号から始まった第1シリーズ(同誌に2話掲載)では「存在感」が、第2シリーズでは「理想」が盗まれた。「存在感」や「理想」を盗まれた人達は、いずれも死、もしくはそれに近いくらいの悲惨な状況に陥っている。彼らの悲惨な状況がどんなものかは、ぜひ本作を読んで欲しい。

また、本作の主人公である私立探偵の如月ウロ(キサラギ ウロ)は、人間から「欲」の概念を盗むことができる。彼に「欲」を盗まれた人間はどうなるか。ウロは、過去に実行したことでもあるのか「完全に無欲だから、このままだと餓死するまで物を食べない」と言い切っている。つまり「欲」の概念を盗まれて行き着く先は、やっぱり死だ。

可愛いワトソン

名探偵シャーロック・ホームズに、助手であり友人でもある相棒のワトソンがいたように、如月ウロにも相棒がいる。新米刑事の有馬ハル(アリマ ハル)だ。年齢は22歳なので一応は成人女性ながらも、パッと見た目には中高生くらいの外見をしている。さらに、後ろひとつ結わえのストレートな黒髪、丸い瞳と太めの眉、そして小柄ながらも巨乳と、どこか狙ったようなキャラクターには、拍手喝采を送る男性読者も多いのではないだろうか。

もっとも、概念やそれを盗むことを理解しきれない彼女は、最初の事件で犯人から「存在感」を盗まれてしまうのだが、彼女の愚直な行動力と如月ウロの正確な推理もあって、事件は被害を拡大することなく解決する。新米刑事である彼女の成長も本作の見どころなのだけれども、第2シリーズでは犯人から気付かないままに「理想」を飲まされてしまう。その結果として拡大した理想のとりこになってしまい、概念を理解しきれていない未熟さをウロに突っ込まれる始末だ。ウロに認められるような一人前の刑事になるには、まだまだ遠そうだ。

概念の表現

形のない“概念”を、田中一行さんは作中で、まっ黒い煙のような表現で描いている。例えば、ウロが素手で他人に触れると、口や目や鼻などから、何本もの煙が湧きだしてくる。その煙をウロが腰に付けた小瓶に収納すると、欲を盗まれた人間の完成だ。「無欲」は美点とも言われることがあるが、食欲や睡眠欲すらないのでは生きていけない。

最初の対面で、概念を理解させるためにウロから欲を盗まれたハルは、直前まで犯罪者を捕まえる意欲が満々だったものの、急によだれを垂らして(この辺りの表現はマニアに受けそうだ)「何かヘン、急に全部、どうでもよくなってきちゃった……」と思ってしまうほどに変貌する。刑事としての仕事に対する意欲すら失なえば、彼女がそうなるのも当然だ。

こうした「特定の人は盗める」や「器に収納できる」の他にも“概念”には、いろいろな特性があるようだ。連載が進むにつれて明らかになるに違いない。

連載3作目

作者の田中一行さんにとって、本作は3本目の連載となる。

講談社「月刊アフタヌーン」誌上で年4回開催している四季賞の佳作を受賞後、同誌で2011年から『イコン』を連載。人を操ることのできる遺跡を偶然入手した大学生が、それを悪用して大金を入手したことから、やくざや宗教団体との争いに巻き込まれるさまを描いた物語で、単行本は全2巻が発売中。

また、2014年から同じ講談社の「good!アフタヌーン」にて『エンバンメイズ』を連載した。こちらは、賭けダーツの世界で特殊なルールを勝ち抜いていくダーツの天才を描いており、単行本は全6巻が発売中だ。

そこから約1年の期間を置いて始まった本作『概念ドロボウ』。目に見えない“概念”を奪い、奪い返し、そして犯人を確保するまでのやりとりは必見の一作だ。