よしもとよしともの『青い車』

よしもとよしともの『青い車』

2018/10/13 更新

今、読んでも面白い5つの理由

よしもとよしともの『青い車』

皆さんはよしもとよしともという漫画家を知っているでしょうか?よしもとよしともは1990年代に活躍した漫画家です。こち亀やワンピースのような誰でも知っている大ヒット漫画を描いたわけではありません。むしろ寡作であり、今では読んだことがないという人も少なくないでしょう。しかし、今でもマニアックな漫画好きから支持され続ける漫画家なのです。この記事ではよしもとよしともの代表作ともいえる「青い車」をもとにしてよしもとよしとも作品の魅力を語ります。

 

「青い車」 よしもとよしとも著 イーストプレス刊(1996年)

「青い車」は短編漫画集で、7つの作品で構成されています。

  1. 青い車(A BULE AUTMOBILE)
  2. オレンジ(ORANGE)
  3. ツイステッド(TWISTED)
  4. マイナス・ゼロ(MUNUS ZERO)
  5. 一人でお茶を(Tea for one)
  6. NO MORE WORLD
  7. 銀のエンジェル(SIVER ANGEL)

まるで音楽アルバムのようにタイトルが並んでいますが、装丁もアルバムジャケットを意識したデザインになっています。

まずは表題作となる「青い車」ですが、あとがきでも書かれているようにスピッツの名曲「青い車」からきています。よしもとよしともの「青い車」が発表されたのは1995年です。読むと分かりますが、この作品はこの時代だからこそ描かれた漫画だといえます。

では1995年にはいったい何があった年なのでしょうか?

1995年、日本を襲った二つの大事件がよしもとよしともに「青い車」を描かせた

実は1995年(平成7年)には阪神・淡路大震災オウム真理教事件という日本中を震撼させた大きな事件が立て続けに起こった年なのです。

その少し前の1990年初頭、狂乱のバブル経済が弾け飛びました。長く続いたパーティが終わって、沢山の人がまるで夢から醒めたみたいにうろたえ始めた頃でした。そしてバブル経済崩壊の大打撃からようやく落ち着いたと思った矢先に、この二つの大事件が発生し、それを期に「今まで当たり前だと思っていた豊かな生活は一瞬で消え去る」という事実を突きつけられました。その時、日本人の価値観はガラガラと音を立てて崩れ、大きく転換したのです。

よしともよしとももそんな世間の浮き沈みをハスに見ながら「くだらねー」と、空を見ながらつぶやいていたのでしょう。

日常の情景を切り取って描く「よしもとよしとも漫画」独特の作風 

さて、「青い車」に話を戻しましょう。「青い車」は”5000人が亡くなった阪神・淡路大震災”と”交通事故で亡くなった姉”を対比して描かれます。

しかし、そこには大げさな感傷はありません。そして作品のアチコチにまるでポエトリーリーディングのように言葉の数々が散りばめられています。

一日30本の煙草
ボトル半分のアルコール
プラスチックの指輪
赤いダッフルコート
白いソックス
青い車

これらの言葉がそこはかとなく世界の無常さを演出するのです。特に「青い車」の次に収録されている「オレンジ」という作品は、まさに日常の生活を切り取ってスケッチしたような構成です。黒い背景に「7月30日(日)晴れ 店長からイイ話」というコマから始まりますが、「ミサイル」とあだ名で呼ばれる18歳の主人公の日常がまるで記録映画でも観ているかのように淡々と描かれます。

例えば世界の中心で愛を叫ぶこともないし、不治の病で花嫁が無くなるといった悲哀に満ちた事件も起きません。むしろ乾いた空気感で淡々と「日常の情景」が描かれるのです。最近の漫画のように誰が読んでも分かるという親切な演出ではなく、むしろ文学のようにコマとコマの「間(ま)」を想像しながら楽しむのです。

この作品のあとがきでは、この作品を読んだ新人漫画家が”こんな漫画、描いてもいいんですか?”と言っていたエピソードが書かれていて、それに対してよしともよしともは”こんな漫画を描いていたら仕事がなくなるのでやめたほうがいいです”と答えています。このあとがき、実は当時の漫画文化の特徴を著わしているのです。

新しい漫画の可能性を切り拓いたニューウェイブ系漫画家たち

1995年当時といえば鳥山明の「ドラゴンボール」や井上雄彦の「スラムダンク」や和月伸宏の「るろうに剣心」が連載されていた時代で、まさに少年ジャンプ全盛期です。この頃、週刊少年ジャンプはなんと600万部越えという驚異的な発行部数を記録していました。現在は200万部を割り込んでいるので、その凄さが分かりますね。

出版社はよしともよしとも作品のような日常のシュチュエーションを描く漫画ではなく、キャラクターの立った漫画を描いて欲しいのです。なぜなら売れるから。

しかし少年ジャンプが爆発的に売れている一方で、漫画の世界では大友克洋のAKIRAが世界的に大ヒットし、新しい漫画の流れができた頃でもあります。それまでの週刊少年ジャンプの王道のキャラクター漫画表現に飽き飽きしていた一部の読者は、AKIRAで描かれる独特の世界観に惹かれました。

大友克洋を筆頭に岡崎京子や桜沢エリカや藤原カムイといった、およそ主流とはいえない作品を描く漫画家は総じてニューウェイブと呼ばれました。よしもとよしとももそんな時代の空気を吸った漫画家だったのです。

よしもとよしともの漫画を読むと、なぜ音楽を聴いたような感覚になるのか?

よしもとよしともの漫画を読むとまるで音楽を聴いたあとのような感覚が残ります。それは前述したように「青い車」のように作中に散りばめられた言葉の数々がそのような効果を醸し出しているからです。

スピッツ 青い車

とはいえ音楽とはいっても、小室哲也や秋元康の作る音楽のような緻密に計算された”あざとさ”ではありません。たとえば初期のスガシカオの曲のような、ちょっと世の中をハスに見たうら寂しさのある感じなのです。特にスガシカオ「黄金の月」や「夜明けまえ」といった曲には、よしもとよしともの描く世界観に通じるものを感じます。

黄金の月 
夜明けまえ

この時代にこれらの王道とは少しハズれた漫画や音楽が支持された背景を考えてみると、大手レコード会社やプロダクションによって計算され尽くし、上手にラッピングされた創作物から醸し出される「大人の金儲けの匂い」にうんざりしていたからなのでしょう。いわゆるサブカルチャーが様々なジャンルで活性化していた時代なのです。

そういえばよしもとよしともは1964年生まれ。スガシカオは1966年生まれなので同世代です。おそらく同じような感じで、世の中を少しナナメに観ていたのでしょう。ちなみに「一人でお茶を」に出てくる”なすがままに”は かせきさいだぁ≡の名曲「苦悩の人」からの引用です。 


 

この時代だからこそ、よしもとよしともの新作漫画を読んでみたい

スピッツの「青い車」がいつまでも色褪せない名曲であるのと同じように、よしもとよしともの「青い車」も名作であり続けています。そして現在でも新しい読者を独特の世界観で魅了しています。

1990年代から20年以上が経ち、かつて瑞々しい感性で日常を描いた よしもとよしともも若者ではなくなりました。価値観が多様化し、個人情報は外国企業に切り売りされるこの時代に、よしもとよしともがどのような「日常」を描くのか興味は尽きません。

個人情報が外国企業に切り売りされ、まるでSNSという監視カメラで四六時中、見張られている息苦しいこの時代の風景を「青い車」のようにスケッチして欲しいと思います。そこにはきっと僕たちも気づいていないような「日常の世界」を映し出してくれるハズだからです。何故ならよしもとよしともにしかよしもとよしとも漫画は描けないのですから。