『血の轍』

『血の轍』

2018/10/18 更新

「このマンガがすごい!」2018年ランキングにおいて、オトコ編で第9位にランクインした押見修造の話題作

『血の轍』

「惡の華」をはじめ随所にみられる諧謔が作者の得意とするところである。本作品ではまるで階段を降りる時のように読者は暗い地下室の一室へ誘われる。 地下室では数々の花と儚い純愛が辺り一面に広がっているのだが、やはり地下室だからなのだろう。どことなく締め付けられる。理想を掲げて生きている人なら誰でもその窓に花瓶を活けるに違いない。主人公の静一の心はどこへ向かったらいいのだろう。本作を読み進めていくうちに静一の内面に共感する人もいるだろう。

 

作者渾身の話題作

『ビッグコミックスペリオール』にて、2017年6号から連載中の「血の轍」。作者は「惡の華」をはじめ、「漂流ネットカフェ」や「ハピネス」「ぼくは麻理のなか」といった代表作を持つ押見修造。

「惡の華」では現代社会において青少年の陥る絶望と純愛というテーマを仕上げたが、これから紹介する「血の轍」ではフィールドを変え新たな闇が描かれる。2017年6月から連載している今作は編集部も一押しの期待作だ。作者自身も「これを描いたら引退してもいい」とインタビューに答えるなど、この作品に込める熱い想いが伝わってくる。

ごくありふれた日常に潜む影

ストーリーは主人公「静一」の母親である静子が、猫の死骸を見て悦に入るシーンから始まっている。ショッキングなシーン描写で読者の目を引いて釘づけにすることで一層、独特の世界観に引き込まれる。

全編を通し過保護な母親と普通の父親との間に生まれた主人公「静一」が見せる、思春期特有の不安定さが描かれている。

普段通り日常を送っていた静一だったがある日、親戚を含めて家族でハイキングに行くことになる。そこで静子は親戚の息子に親しく接していたのとは一転、ある崖の前で唐突に彼を崖から突き落としてしまう。そのことを静一はその場で見ていたのだから、衝撃は言うまでもない。

静子はすぐに他の大人を呼んでくるように絶叫したあげく、豹変する----。その際の描写が何とも絶妙で唖然とさせられた。コマ割りも適切で重厚感があるのだから読者としても納得できる。

毒親について描かれる一方、メインヒロインがいよいよ登場

静一はその後も静子に振り回され続ける。しかし静一が通う学校では、彼を想う同じクラスの吹石がラブレターを送って告白するのだった。

二巻ではそのことが描かれている。吹石は静一に純粋に想いを寄せていて、とある経緯で自宅に来ることになった。そこで静子と鉢合わせてしまい、事件が起こってしまう。静子は吹石からのラブレターをそのまま破り捨ててしまうのだ。

その破る仕草というのが、涙を浮かべ愛情たっぷりにするものだから容赦がない。

繰り返される異常、段々と病んでいく静一、その先にまた...

三巻以降、静一は度重なる母親の異常行動と過保護な愛とのギャップに精神のバランスを崩し、吃音を起こすようになる。4巻では不安定な静一が友人との言い合いで教壇に穴を開け、学校から親に連絡すると言われてしまう。

静一としては不安で満たされた時期なのだが、ここで吹石が心配して後を追ってきてくれる。吹石からのラブレターに「嬉しい」という返事を伝え、静一はついに告白を実行。無事に付き合うことになり一緒に下校するようになった二人は、ある日いつものベンチで話し込んでいると、そこに静子が現れる—。

既存の漫画にはなかった世界観

静子の登場のシーンも闇からの使者のような筆遣いで圧巻です。全体を通して静子の歪んだ愛が描かれていますが、どの展開でも予想通りとはいかない唐突な静子の行動に驚かされます。

前作の「惡の華」でも予想外の陰鬱な展開が起こりましたが、今回の作品でも作者は大胆で期待を裏切りません。作者が見せる、前作以上の表現力からも目が離せません。

モブキャラが見せるキャラ立ちに注目

特に注目なのは各キャラクターが帯びる現実性です。どれもリアルに迫ってくるものがあり、こんな人いそうだなと連想できてしまうほど、現実感に溢れています。

静一が通うクラスメイト達の顔。ハイキングに行くことになる親戚達。登場人物は多くはありませんが、何気ないキャラクターにまで印象深さを与える今作は見ていて飽きません。

またそうした脇役のセリフにも焦点が当てられています。いわゆる方言で、この田舎っぽさが何とも言えません。親近感を湧きに湧かせてくれること間違いなしです。

タイトルにはどんな意味が込められているのだろうか?

注目するところはまだまだありますが、何より目を引くのが表紙とタイトルでしょう。表紙は写実感あるレタッチで描かれており、作者曰く写真から起こしているそうです。女性特有のふくよかさや奥ゆかしさが見事に再現されており、思わず手に取りたくなります。

2018年11月現在、1から4巻まで出ていますが、どの巻にも静子が表紙に写っており、この漫画での静子の立ち位置が際立っているといえます。

最後にタイトルにつけられた「轍」について様々なところで憶測が飛び交っているようですが、轍とは元々、車が通った後にできる痕のことを云うようで、そこから転じて先例をさすようです。この作品に作者が込めた想いを考えると、「遺伝的な爪痕」という意味合いが浮かんでくる読者の方々も少なくないのではないでしょうか。